Sahel Rosa
Sahel Rosa

サヘル・ローズさんからのメッセージ

サロ~ン!
皆様こんにちわ。サヘル・ローズです!
この度、株式会社アルーシャの難民支援事業~難民によるネイルアートサービス~の広報大使を務めさせて頂くことになりました。
皆様は「難民」という言葉を一度は耳にした事があると思いますが、果たして現在、日本にはどれだけの難民の方がいらっしゃるかご存じですか?
一体どんな想いで
どんな希望を持って
彼らは彼女たちは日本にくるのでしょうか?
「難民」という言葉は正直あまり好きではありません。
だって同じ「人」なんです。
彼ら彼女たちは日本に夢をもち、母国に残してしまった家族を養うために必死に生きているんです。
それが彼ら彼女たちの想い。
母国や家族と離れることは楽な事ではありません。
とっても苦しいはずです。
きっと毎日家族に電話したくなったり、帰って抱きしめたり
温もりを求めているはずです。
しかし
仕事もお金もなく、尊敬もされず、ひっそりこっそりと生きる彼ら彼女たちが堂々と自信を持ち、前向きに生きていけるよう
そして…涙ではなく笑顔になって母国にいつかは帰れるよう
アルーシャのネイリストを応援し難民支援事業を支持することによって、彼ら彼女たちの社会参加や存在を訴えていきたいと私は思います。

2010年5月
サヘル・ローズ
http://excelling.co.jp/talent/sahel

バックグラウンド

イラン・イラク戦争で生家が空爆に遭い、両親と10人いた兄姉をすべて亡くし、倒壊した家の瓦礫の中からひとり救助された。その後、孤児になり暫く孤児院で暮らす。
やがて、当時大学生でボランティアの救助活動を行っており瓦礫の中からサヘルを発見したフローラが、孤児院に収容されたサヘルを見舞った際に幼いサヘルがフローラを「お母さん」と呼び慕ったことから、サヘルを引き取ることを決意する。
しかし非常に高い身分であったフローラの実家が、孤児であるサヘルを養育することを「家柄に傷がつく」として猛反対、やがて経済援助を打ち切られてしまった。
その後2人は、フローラのフィアンセであった男性を頼って8歳のとき日本に移住。
しかしその男性とフローラの生活が上手くいかずに別れると、貧乏のどん底に。ホームレス生活も経験。
通っていた小学校の給食しか食べるものがなかった時期に、フローラは給食の調理師と親しくなり生活のサポートを受け、次いで二人は校長による補習授業で日本語を学ぶ。小学校、中学校時代にはいじめも受けている。

詳しくは、
『戦場から女優へ』サヘル・ローズ著