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Kanako Iwase

難民ネイルサロン立ち上げのキッカケ

難民によるネイル事業は、2009年11月にNPO REN理事表石谷尚子さんと出会ったことから始まりました。石谷さんを紹介してくださったのは、港区アートボランティア仲間です。
石谷さんは息子さんの影響で、難民問題に強く関心を持つようになられたそうです。
ビーズアクセサリーについては、ずっと「勉強したい!」と思っていたところ、足の骨折という大怪我をされ、3カ月間のギブス生活中「これはラッキー?!」と、毎日寝る間も惜しんでビーズアクセサリー作りに没頭されたとのことでした。
足の骨折が治りかけた頃には、「もうギブスが取れてしまう。もっとビーズをやっていたいのに」と思うほど、夢中になられたそうです。
そのビーズアクセサリーの制作技術を難民の方に教え、彼らが作った商品を販売し収入に結び付けようと活動していらっしゃいます。
お会いした日も、石谷さんはビーズアクセサリーをバザーで販売されていらっしゃり、スーツケースに沢山のビーズアクセサリーを持って来られました。
部屋いっぱいに広げられたビーズアクセサリー!どれを見ても、とてもステキで可愛らしいものばかりでした。
アフリカンがデザインした携帯ストラップなど、ユニークで面白いデザインのものもありました。
お食事しながら日本にいる難民の方のお話を伺い、初めて知る現実に驚きとショックを受けました。
「21世紀の今のお話?」「日本で起こっていること?」だんだんよく分からなくなって気が遠くなっていくような、そういう気持ちでした。
NPO RENでは、難民の方がビーズアクセサリーを制作した時点で買い上げしていることから、在庫が増えていくという課題と販売の問題がありました。
販売チャネルを紹介することにしましたが、「(難民の方も)手先が器用な方が多いようでしたら、ネイルアートなんて良いと思いますが」と、軽く提案させていただいたところ、「最近、若い方は爪をキレイにしていらっしゃるわよね。是非、岩瀬さんやってください!」と。
確かに、石谷さんは既にビーズアクセサリーを教え販売し、忙しくされていらっしゃり、提案したところで、“誰がやるのか”という議論になるのは当然のこと。それを石谷さんの上品で誠実さ溢れる微笑みで「是非、岩瀬さん!」と言われたら、断れる訳もなく、お食事の席で少しテンションが上がっていたせいか、「そうですね!やりましょうか~!」と、応えていました。

難民×ネイル事業

その後、REN石谷さんからメールをいただき、「岩瀬さんがネイルで難民の自立支援をなさる御話、素晴らしいです」というような、いつの間にか既成事実になっているような文面で「あれ・・・」と思いました。
更に、難民支援団体などを上手にまとめていらっしゃる人格者のカトリック東京国際センター(CTIC)有川憲治さんより「はじめまして!岩瀬さんのご決断、素晴らしいです」みたいな内容だったかと思いますが(あまり覚えていませんが)、そんな内容のメールをいただき、「決断?何だそりゃ~」というような印象だけが心に残っています。
いつの間にか、難民支援ネイルプロジェクトは動き始めていたような・・・話がどんどん膨らんでいきました。
有川さんと「お会いして、お話しましょう」というメールのやりとりをしていた際、CCに知らない人が沢山入ってきて、仕舞いには「13名で御社に伺います」というようなメールをいただきました。
知らない13名に、何をプレゼンするのか・・・「ネイルのアイデアは思い付きでテキトーに言っちゃいました~」なんて、とても言える雰囲気ではなくなっていましたし、妙に期待されているようで、すっかり外堀が埋められたことに気付き、慌ててA4サイズ1枚で「難民支援ネイルプロジェクト企画書」のようなものを作成し、お越しくださった各難民支援団体の皆様には、もっともらしくお話しました。
この頃には、私も少しずつワクワクしてきて、コンサルティング(私の場合、何でも屋)、ヘッドハンティングとは違った、実態のある“事業”、“実業”に「面白そう!」と思うようになっていました。
まず、ネイルプロジェクトを始めるにあたり、経験ゼロの難民にネイル技術を教えるためにはネイリストが必要でした。が、この企画に協力してくれるネイリストを探す、そして雇う・・・しかもどのくらいの期間で難民がネイル技術を習得するかも分からない状況で、出費ばかりが嵩んでは大変ですから、私自身がネイルスクールに行き、ネイルアートの技術を習得することにしました。
いつもお客様側で、働くネイリスト側の気持ちを知るためにも一度経験しておいた方が良いかな~と思ったこと、あと、ただ単に理由を作り、私が「ネイルスクールに行きたい」という高い関心もあり通うことにしました。
というのも、偶然とは恐ろしいのですが、ちょうどネイルプロジェクトを考えたときに、自宅から徒歩で行けるネイルサロンでネイルスクールを行うチラシがポストに入っていて、「行きたい!!!」と思っていました。
サラリーマン時代も週末にネイルレッスンに何度か通ったことがあり、以前から関心が高かったので、その延長線でした。
今思えば、本当に御気楽だったとしみじみ思いますが、当時は難民の方に会ったこともなければ、喋ったこともない、どんな人達なのか、全く分からず、、、「ネイル、嬉しい!」みたいな気持ちの方が強かったように思います。
当然その時は、その後の進展、変化、困難などなど、全く想像していませんでした。

“ネイル”のアイデア

「“ネイル”というアイデアはどこから来たのですか」と、よくご質問いただくのですが、海外でのネイル経験が大きかったと思います。
以前、香港に行った際、ホテルの近くにあったネイルサロンに行きました。
手と足のネイルをしてもらうのに、数名のネイリストとコミュニケーションしましたが、みんな英語がほぼ出来ず、私は中国語が出来ず、ネイルメニューには英語表記があったので、それを指差し、好きな色を指差し、ジェスチャーのコミュニケーションも楽しく、ネイルをしてもらいました。
お店の中には、日本のネイル雑誌が沢山並んでいて、「わぁ~、こんなにも日本のネイルが浸透しているのか~!」と驚いた記憶があります。
また、夏休みにLAに旅行に行った際も、現地のネイルサロンに行ったのですが、スタッフ全員タイ人のお店で、スタッフは10名以上で、ずっとタイ語のお喋りが絶えない状態でした。
そこのスタッフも皆、英語が話せず、英語ができるのは会計担当のマネージャーと思われる女性だけで、現地のお客様もこれを楽しんでいるのか、特に不便に感じていないのか、数名のお客様(アメリカ人)はリラックスして施術を受けているようでした。
美容院やネイルサロンでは、カウンセリングというかコミュニケーション(お喋り)も大切な要素だと思っていましたが(もちろん、大切ですが)、「やっぱりサービス業でも“技術職”はお喋り以上に技術力が大切だなぁ~」と、しみじみ思ったのを覚えています。
また、起業している友人とビジネスの話をした際、「ネイルサロンって、儲かるらしいですよ!」と聞きました。
一応、10年以上の社会人経験もあり、ビジネスを勉強したこともあり、ケーススタディ、SWOT、マイケル・ポーターやら何やら考えさせられたので、こういう“儲かる話”を聞いたりすると、“本当にそうかしら”と、何となく頭の中に色々なチャートが浮かび分析するような癖がついていました。
「確かに、美容業は収益率が高い。エステなどは設備投資が必要だが、ネイルは初期投資がそれほど掛からない。
或る意味、消耗品のようなリピートするタイプのビジネス。将来性もありそうだ~」と、ブツブツ考えた記憶があります。
「“ネイル”というアイデアはどこから来たのか」・・・ それは、こういう色々な経験と記憶が繋がり、点が線になるようにして、1つの“アイデア”になったのだと思います。
“突然閃いた!”訳でもなく、やみくもに考えて考えて出て来た結論でもなく、脳ミソの中で何が起こっていたのか分かりませんが、顕在意識では「あ、ネイル、イイかも~。ナイス直感!」という程度の軽い気持ちでしたが、潜在意識において(眠っている間にでも)、きっと脳ミソの中で情報処理していたのかも知れません。
たまに、学生さんで「思い付きでも出来るものなんだ~」と思われた方から、「私も○○を思い付きましたので、がんばってみます!」というようなご連絡をいただいたりするのですが、、、中には、「それは上手くいくかしら・・・」と少々心配になることがあります。
矛盾しているようですが、“思い付き”だけで上手くいくビジネスは少ないように感じています。“思い付き”の背後で、大まかなビジネス分析があり、「何とかなりそう」というレベルにまでは考え(落とし込み)、然るべき方向にアクションされると良いかと思います。
ネイルビジネスは、改めて考えれば、(雑な分析ですが)初期投資が低く済む、収益率が高い=価格メリットを出せる(価格を下げても利益を作れる)、在庫なし=資材が腐らない、消耗品=リピート率高い、将来性ある(化粧のようなもので5~10年後も廃れない)等々、良い点がかなりあります。もちろん、参入障壁が低く競争が激化し易いなどのマイナス面もありますが、プラスの方が多い=“私のレベルでも出来そう”ということで、ネイルプロジェクトを躊躇なく推し進めることにしました。
それが、多くの方々、お客様に支えられ、スタッフのがんばりもあり、現在に至っています。感謝しかありません。心から。

2011年

ご参考:ハフポスト日本版「日本に難民なんているんですか?」その程度の認識でした(岩瀬香奈子)
http://www.huffingtonpost.jp/my-eyes-tokyo/refugee-japan_b_5492579.html